君に「やりたいことがない」3つの理由(人生編)
「やりたいことがないから、毎日をテキトーに生きている」
「やりたいことがないから、なんか生きてて楽しくない」
「やりたいことがないから、どこの会社に就職したいのか分からない」
この記事は君たちと、「やりたいことがない」という悩みに対する私の考えを共有したい。
私は内向的な性格であるため、「やりたいことがない」とウジウジ悩んできた。参考になりそうな本も読んだので、ついでにそれも紹介したい。
この記事を読んでも「やりたいこと」は見つからないけど、「やりたいことがない」という悩みからくる不安感が多少は和らぐはず。
君に「やりたいことがない」3つの理由
理由①:やりたいことで失敗する恐怖から逃れられる
「やりたくないことがない」と悩むことで、やりたくないことをやって失敗する恐怖から逃れることができる。
私の実例を挙げてみよう↓
「FXとか株式投資を始めてみたい」。そう思い始めたのは大学3年生の頃だった。「でも、お金もそんなにないし、失敗してゼロになってしまうかもしれない...」。大学院修士課程を修了して、社会人1年目になった。大学時代のバイト代に比べたら考えられないくらい大量のお金が振り込まれていた。これが社会人パワーか...
ようやく証券会社に口座を開設した。株式投資を始めたいとウジウジしているうちに4年も経っていた笑
理由②:やりたいことをやる苦痛から逃れられる
「やりたいことがない」と悩むことで、やりたいことをやっているときに受ける苦痛から逃れることができる。
いくらやりたいことでも、実際にやってみると苦痛に感じるもの。
またしても情けない私の実例を挙げてみよう↓
「海外へ一人旅に出たい」。高校生の頃から漠然と思っていた。でも、「英語で話さなきゃならないし、海外ってなんか怖い...」。
大学生になった。大学生は夏休みと春休みが長い。2ヶ月もある。内向的だった私はやることがなさすぎて毎日がつまらなかった。
そんなある日、高校の同窓会に誘われた。内向的だからそういった集まりは苦手だったけど、当時好きだった子がいたからホイホイと行ったわけ。結果、テーブルが違って全く話すことができなかった。耐えかねず、友人にその子の連絡先を聞き出して映画に誘った。
結果。。。成功するはずもなく、「またどっか行こうね」と誘ったけど断られた。悶々とした日々を1週間すごした笑。このままではやばい。どこかに行きたい。行かなければいけない。そんな心境に至ってから、航空券を買うまでに時間はかからなかった。
理由③:やりたいことで失敗する自分を許せない
やりたいことをやって失敗する自分が嫌で嫌でたまらない。だから「やりたいことがない」と悩むことで、嫌な自分と向き合わなくて済む。
またしても私の実例をば。。。↓
語学留学したい。でも、会社やめて留学して英語を身につけたとしても、帰国してから就職できなかったら嫌だな。そんなこんなで社会人4年目、28歳になった。ずっと冷静に考えているうちに、海外留学する意味がなくなった。英語を話せたところで、英語を話す仕事に就きたいわけでもない。簡単な読み書きなら今でもできる。なんのために時間とお金をかけて海外留学するんだろう。。。結果、海外留学したいという思いがなくなった。
「やりたいことがない」と悩みやすいタイプ
下記のようなタイプの人は自己抑制しやすい。
- 真面目な人(失敗する自分を許せない人)
- 内向的な人(やる前に深く考える人)
- 偏差値の高い学校に通っている人(いわゆる頭のいい人)
「やりたいことがない状態」から脱出する3つの方法
方法①:自己抑制に陥っていることを自覚する
まずは、「やりたいことがない」と悩んでいるのは「自分で自分を押さえつけている(自己抑制)ことが原因だ」と気づくこと。
自己抑制している自分に気づけないと、延々と悩み続ける。自分で自分を苦しめてしまう。
方法②:死んで後悔しないか考える
やりたいことがない状態のまま、何もせずに死んでしまっていいのだろうか。自問自答してみてほしい。
「何もやりたいことがないまま死んだら、後悔しないだろうか」
方法③:「やってみたいかもしれないこと」を見つける
そのうち、「やりたいのか自分でも分からないけど、ちょっとやってみたいかも」と思えることが出てくる。
純粋に「やりたい」とか「挑戦したい」とかの前向きな理由じゃなくていい。
死ぬまでには「やっておきたいかも」とか「見ておきたいかも」。
そんなレベルでいい。むしろそれぐらいのレベルがいい。
まとめ
以上をまとめておこう。
- やりたいことがないのは自己抑制が原因
- やりたいことがない状態から脱出するには、まず、自己抑制している自分に気づくこと
- そして、このまま死んでしまって後悔しないのか考えること
- 「やっておきたいかも」レベルで考えること
「やりたいことがない」状態から脱出できたとしよう。しばらくすると、「次は何をやろうか」という悩みが出てくる。ちょっと残酷だけど、悩みは尽きない。
人間は考える葦である。
悩むのは辛いけど、人間はそういうものらしい。